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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)8552号 判決

原告

神戸屋食品株式会社

右代表者代表取締役

味岡保

右訴訟代理人弁護士

中村潤一郎

被告

亀田芳広

右訴訟代理人弁護士

松山秀樹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二五〇万円及びこれに対する平成一〇年六月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、食肉販売店舗の営業権等を六〇〇〇万円で売却し、被告から代金のうち五〇〇〇万円の支払を受けたところ、売買代金のほかに消費税相当額三〇〇万円を支払う合意があったとして、そのうちの二五〇万円及びこれに対する催告の日の翌日である平成一〇年六月一三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

二  前提事実(争いがない。)

1  食肉の販売及び加工等を業とする株式会社である原告は、被告との間で、平成一〇年四月一六日、「営業権・店舗内動産譲渡に関わる覚書」(甲一、以下「本件覚書」という。)に基づいて、被告に対し、原告がジャスコのテナントとして経営していた「肉のたじま南千里店」の営業権及び同店舗内の動産一切を代金六〇〇〇万円で売った(以下「本件売買」という。)。

2  被告は、原告に対し、本件売買代金として、平成一〇年一月二五日に一七〇〇万円、同年四月一六日に一一〇〇万円、同年四月二〇日に一一〇〇万円、同年五月五日に一一〇〇万円の合計五〇〇〇万円を支払った。なお、残代金一〇〇〇万円の支払期日は、平成一〇年一二月三一日とされていた。

3  原告は、被告に対し、平成一〇年六月五日到達の内容証明郵便で、同書面到着後一週間以内に、支払済みの売買代金五〇〇〇万円に対する消費税相当額である二五〇万円を支払うよう催告した。

4  本件売買に際し、被告が、原告に対して、代金六〇〇〇万円のほかに消費税相当額を支払う旨の明示の合意はなかった。

三  争点

本件売買の際、被告が、原告に対して、代金六〇〇〇万円のほかに消費税相当額を支払う旨の黙示の合意があったか。

1  原告の主張

本件売買の対象となった営業権等は一億円以上の価値があり、原告としては、売買代金について、少なくとも八〇〇〇万円とすることを考えていた。被告からは六〇〇〇万円の提示しかなかったが、原告の資金繰りが困難な状況にあったため、やむを得ず六〇〇〇万円で合意したのである。原告が、このうえ消費税を免除してまで本件売買をするはずはない。

原告は、本件売買代金六〇〇〇万円について、帳簿上、売上金として計上しており、消費税三〇〇万円の納税義務を負っている。六〇〇〇万円が消費税込みの金額であるか、又は消費税相当額を免除したのであれば、このような処理はしていない。

原告は、本件覚書に消費税に関する記載がないことを知って、直ちに代表者の息子を被告のところに行かせ、その後、何度も被告に消費税相当額を請求した。

原告は、当然に消費税の納税義務を負うのであるから、被告に対する消費税相当額の支払を免除し、又は内税方式で計算する旨の明確な意思表示がない限り、別途消費税相当額を請求し得るとの黙示の合意があったと推認すべきである。

2  被告の主張

売買代金を定める場合には、消費税相当額を含んだ額を表示することもあるから、本体価格のほかに別途消費税相当額を請求する場合には、その旨の合意が必要である。

原告は、本件売買の当時、消費税相当額の支払を求めることを忘れていたというのであり、本体価格のほかに消費税相当額の支払約束をするという効果意思がなかったのであるから、黙示の合意が成立する余地はない。

被告は、本件売買の対象となった営業権等について、原告がテナント契約に基づいてジャスコに差し入れている保証金一〇〇〇万円を含めても、三〇〇〇万円程度の価値しかないと考えていた。これを原告の提案に譲歩して代金六〇〇〇万円で合意したのであるから、これ以外に消費税相当額三〇〇万円を負担するはずがない。被告は、本件売買を仲介した長尾敏樹に対し、六〇〇〇万円以上は一切支払わないと明示していた。

本件売買代金六〇〇〇万円の中には、本来消費税が課税されないはずのジャスコに差し入れた一〇〇〇万円の保証金の譲渡代金が含まれている。原告の主張によれば、被告は、右一〇〇〇万円に対する消費税相当額を支払うことになるが、被告がそのような合意をすべき理由はない。

本件覚書は、被告が、代金六〇〇〇万円以外に、いかなる名目でも原告から一切の請求を受けないような契約条項にしてほしいと弁護士に依頼して作成されたものであり、被告は、本件覚書の七条で、六〇〇〇万円を超える一切の支払をしない旨を明示しているから、別途消費税相当額三〇〇万円を支払う旨の合意をするはずがない。

原告は、本件契約時に一一〇〇万円を被告から受領する際、消費税相当額を請求していないし、その際、被告に渡された領収書の消費税の欄にも、何らの記載がない。原告は、契約締結時点において、消費税相当額を別途請求する意思はなかった。

原告は、本件覚書の第七条で、本件覚書に記載した以外には何らの債権債務がないことを確認しているから、六〇〇〇万円以外の請求権は放棄している。

第三  判断

一  消費税の課税対象となる資産の譲渡等がされ、譲渡人が消費税法に基づいて消費税の納税義務を負う場合に、譲渡人が譲受人に対して消費税相当額を転嫁しようとするときは、外税方式(売買代金額等としては本体価格のみを表示し、消費税相当額を別に表示する方法)又は内税方式(本体価格と消費税相当額の合計額を売買代金額等として表示する方法)によってその旨が明示されることが多い。

このような明示がなされない場合に、譲受人が譲渡人に対して、本体価格のほかに消費税相当額を支払うべきかどうかは、右譲渡等の当事者間の合意の解釈によって定まるというべきである。

本件売買に関しては、本件覚書に売買代金額が六〇〇〇万円と表示されているだけで、消費税相当額の負担については明示されていない(前提事実4)ので、原告が被告に対して消費税相当額を請求するには、代金額六〇〇〇万円のほかに消費税相当額を被告が負担する旨の黙示の合意が成立したといえる場合でなければならない。

二  しかし、原告と被告との間で、本件売買につき、代金六〇〇〇万円のほかに消費税相当額を被告が負担する旨の黙示の合意が成立していたとは認められない。その理由は、次の1から5までのとおりである。

1  高額商品等の売買の場合には、日用品等の売買などと違って、買主にとって消費税相当額の負担感は相当程度に大きいから、売買代金額のほかに消費税相当額を買主が負担すべきときは、その金額を売買契約の中で明示する例が多い。また、売主としても、契約の際に明示されていないのに、事後的にこれを請求するのは困難であると考えているのが通常である。

本件売買は、代金額が六〇〇〇万円と高額であるにもかかわらず、消費税相当額の負担について明示されていないから、被告がこれを負担するとの意思を当事者双方が有していたとは考えにくい。

2  商品の提供を受けた直後にその代金を一括で支払うような取引形態の場合には、外税方式であることが表示されていなくても、表示された価格のほかに別途消費税相当額を支払う旨の黙示の合意が成立していると解されることもある。これに対し、売買代金を分割で支払うような場合には、消費税相当額の支払時期も当然に問題となり、通常の場合は、消費税相当額を明示した上で、分割金の支払の都度それに対する消費税相当額を支払う旨を合意したり、代金全額に対する消費税相当額を最後にまとめて支払うことを合意することが多いから、その点の明示がない場合には、その代金額には消費税相当額が含まれていると解される。

本件売買では、売買代金について分割払の合意がされている(甲一、二)にもかかわらず、消費税相当額の支払方法について何らの定めがないから、被告が消費税相当額を支払うことは予定されていなかったと認められる。

3  本件売買の対象は、食肉販売店の営業権、店舗内の動産類及び原告のテナント契約に基づく保証金返還請求権であるが、営業権の譲渡や保証金返還請求権の譲渡に対して消費税が課税されるかどうかは、税法に関する知識の乏しい一般の者には判然としない事柄であるから、このような取引について、買主が消費税相当額を負担する場合には、それが明示されない限り、買主がこれを負担する意思を有していると推認することは困難である。特に、一部に非課税取引が含まれているような場合には、その部分に対する消費税相当額を除外して合意する必要があるから、これを明示する必要性は高いといえる(なお、被告は保証金には消費税が課せられないと主張し、その旨の文献(乙一)を提出するが、これは賃貸人が保証金を受領した場合などの説明であって、保証金返還請求権の譲渡が非課税であるとしたものではない。しかし、取引を行う一般の者にとって、その点が判然としないことには変わりがない。)。

4  本件覚書には、「本覚書記載事項以外に互いの間に何ら債権債務関係が無いことを確認する。」との条項があり、売買代金として本件覚書に記載された六〇〇〇万円以外に原告の被告に対する請求権が留保されているとは解されない。

5  原告は、消費税相当額を放棄してまで本件売買をすることはなかったとか、原告の帳簿上六〇〇〇万円の売上げを計上しているなどと主張するが、右1から4までに判示した点に照らすと、原告も被告も、本件売買に当たり、消費税の負担については意を払っていなかったことが推認される。したがって、原告と被告との間で、消費税相当額を別途支払う旨の合意が成立することはあり得ない。

四  よって、原告の請求は理由がない。

(裁判官森實将人)

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